はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 300 [ヒナ田舎へ行く]

うん。きまった。

やんちゃなヒナのウェーブヘアーが見事にまとまっている。長すぎる前髪を右から左に向かって編み込み、耳の後ろからポニーテールに紛れ込ませた。リボンは金糸の縁取りの緑色。

ダンは鏡の中のヒナを満足げに見やり、仕上げとなる鳥打ち帽を手にした。

ヒナがどうしてもかぶると言う。ほかにもお洒落な帽子は沢山あるのに、お出掛けの時は鳥打ち帽と決まっているらしい。

ダンにこだわりがあるように、ヒナにもこだわりはあるのだ。

「ねぇ、ダン。ヒナが帰って来るまで待っててよ」ヒナはもどかしげに言い、綺麗に結われた髪にそっと触れた。まんざらでもない様子で鏡の中の自分ににこりとする。どうやら気に入ってくれたようだ。

「はいはい、わかっていますよ。旦那様は四時にいらっしゃいます。間に合うように戻ってきて下さいね」

今日は前回よりも遠出をするみたいだけど、ブルーノと口をきいていないので、実際のとこ、どうなのかわからない。

「ダンもね」と言うヒナは、あきらかにお土産目当て。スペンサーにあれこれリクエストしていたし、あわよくば一緒に行こうとしていたくらいだ。

「僕は大丈夫ですよ。エヴァンが一緒に行くことになりましたし、買い物リストをちゃんと作っておきましたから」

町へは、クロフト卿の馬車で行くことになった。御者はもちろんエヴァンが務める。これで沢山買い物しても大丈夫というわけだ。

それなら今後の事も考えて、いろいろ買い溜めておくのも悪くないと思った。次はいつ出掛けられるか分からないし、いざと言う時に役立つ物も揃えておきたい。

ということで、エヴァンが同行することを断らなかったけど、スペンサーはかなり不満そうだった。エヴァンの事をよく分かっていないからだと思うけど、そういう自分もあまりエヴァンの事は知らないのだ。

「エヴィはおじゃまむしなんだよね?」

「なんですって?おじゃ、おじゃま?」ヒナの言うことは時々理解できなくて本当に困る。意味が分からない時に限って、すごく重要なことを口にしていたりするんだから。

「ブルゥとはどうして喧嘩してるの?」ヒナは鳥打ち帽を頭にちょこんと乗せ、小首を傾げてダンを見る。

「喧嘩なんてしていませんよ。何を言っているんだか――」と笑って見せても、なんだか白々しい。自分でも今の状況には気付いている。

「悪いのはブルゥ。ヒナ見てたからわかるもん」ヒナは得意げに言うと、鏡の前から離れた。

「え?見てたって?」どう思い返しても、ヒナが周りに目を配っていた様子はなかった。

「でもダンも悪いと思う」ヒナは言いながら戸口に向かう。

「え、どうしてですかっ!」とがっつくように訊き返し、これではヒナの思うつぼだと少々不安にもなる。

「ダンも同じだもん。ブルゥのこと、好きなんでしょ?」と振り返ったヒナの憎たらしいほどの満面の笑みに、ダンは案の定狼狽え――

「ななな、なにをっ!言ってるんだか」と頓狂な声を上げる。

ヒナはダンの反論は受け付けず、部屋から出て行った。

まったく、ヒナったら余計なとこばっかり見てるんだから。

「待って下さい!僕も行きます」

つづく


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ヒナ田舎へ行く 301 [ヒナ田舎へ行く]

お出掛け組が玄関広間にぞくぞくと集まる中、玄関前に馬車が二台すべりこんできた。

先頭はエヴァンが馭する箱馬車。そのうしろに着けるのは元気はつらつピクルスの引く荷馬車。今日はいつもよりも大きな荷台を装着している。

ブルーノは玄関先でヒナと並んで立つダンに目をやった。

俺の気持ちを知っているくせに、スペンサーなんかと出掛けると言う。かろうじてエヴァンが邪魔に入ってくれたが、それが良かったのか悪かったのか疑問が残る。

結局のところ、エヴァンは前を向いていて、その後ろで二人が何をしているのかまったくわからないのだ。

「ヒナ、時間を忘れないように。四時ですからね。ブルーノにもちゃんと伝えるんですよ」

俺に伝えることがあるなら、直接言えばいいものを。

ダンはヒナの帽子を直すと、そっと押すようにして馬車へと促し、自分は前の豪華な馬車に向かった。こちらには目もくれず。

いったい俺が何をしたって言うんだ?当てつけがましくスペンサーに笑い掛けやがって。

ふいにダンが振り返った。

ブルーノは腹立ちとは裏腹に、胸をどきりとさせた。

ヒナをよろしくと言うなら今だぞ、と高飛車な態度でダンの言葉を待つが、ダンが声を掛けたのは別の男だった。

「ルークさん、ヒナをよろしくお願いします。もしかすると、馬車に酔ってしまうかもしれません。その時は、膝を貸してあげてください」

なぜ、新参者にヒナを任せる?ダンのやつ、自分は昨日ここに到着したばかりで、クロフト卿に命じられてヒナの世話をしていることを忘れてやがる。そんなのことでルークの目を欺けると思っているのか?

ブルーノは注意を促そうと思わず腰を浮かせた。

けれども今日のブルーノはことごとくついていないようで――

「それなら僕に任せて。僕がヒナに膝枕してあげる」

先に乗り込んでいるカイルは手を差し出し、ヒナを座席に引き上げた。

「僕もちゃんと見ていますので、安心してください」とダンに向かって言うルークも、カイルの手を借りてヒナの隣に腰を落ち着けた。

「ダン、おみやげよろしくね~」ヒナは朗らかに手を振って、ダンを前方の馬車に追いやった。

ダンは前を向いて、スペンサーと共に密室の中に消えた。

あの中で何も起こらない事を祈るしかない。

ブルーノはざわつく胸をぎゅっと掴むと、ピクルスに出発の合図をした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 302 [ヒナ田舎へ行く]

進行方向に背を向けて座るスペンサーは、浮かない顔のダンを気遣うように問い掛けた。

「ブルーノと喧嘩をしたのか?」

恋敵と喧嘩をしているのなら、こちらとしては勿怪の幸い。

けれども、ダンが無理して笑ったり、ブルーノの視線を意識しているのに気付いていない振りをするのを見るのは、あまり気分のいいものではない。

抜け駆けは当然だし、強引に言い寄るのもこの際仕方がない。ダンとの時間がどのくらい残されているのか、さっぱりわからないのだから。

だが、ダンが他の男の事を想っているのなら、やり方を変える必要がある。あまり柄ではないが、優しい男を演じるのもひとつの手だ。

「喧嘩なんて……してませんよ」とうそぶくのはブルーノを意識してのこと。

気に入らないってもんじゃないが、いまここにいるのは俺だけ。走る馬車の中は密室だし、エヴァンは手を出せない。

「朝から二人の様子がおかしいのは、誰もが気づいている事実だと思うが」スペンサーは片方の眉を悠然と吊り上げた。

ブルーノの機嫌が悪いのはいつものことだ。だからといって、なぜダンも同じように機嫌が悪くなる?二人の間にはすでに親密な何かが築かれているのか?

「ああ、あれは……ブルーノが僕を無視するから腹が立って」

「無視?」そんな場面あっただろうか。ダンはルークやヒナと主に会話をしていたし、正面にいたブルーノともその合間に喋っていたように思う。

「きっと僕が何か気に障ることをしたんだと思います」ダンは不貞腐れたように言い、窓の外に顔を向けた。

「あいつはもともとああだ。気にすることはない」

「別に気にしてなんかないですけどね」つっけんどんに言うダンは、ポケットからメモを取りだした。「ヒナにいろいろ頼まれたんですけど、キャリーの店で全部揃いますか?」

あまりにきっぱりと話題を変えられて、スペンサーは声を失った。差し出されたメモを受け取り、目を落とす。

字は綺麗だ。

「うん、まぁ。揃わないこともないが、他の店もまわった方がいいかもな」最初から買い物の話しかしていなかったかのように返事をする。

「ヒナが絶対買って来てと言ったものが、上の五つです。あとは、念の為です」

念の為とやらが随分多いが、ヒナのお守をするということはそういうことなのだろう。

「まあ、店になくても注文しておけば、そのうちノッティが届けてくれるさ」スペンサーは気楽に言い、座席に背を預けた。

「じゃあ、それはスペンサーに任せますね」ダンは屈託なく言うと、無防備にも目を閉じた。

居眠りでもしたらどうなるのか、まったくわかっちゃいない。

けどまあ、警戒心がないのはいいことだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 303 [ヒナ田舎へ行く]

箱馬車とは別の方向に向かう荷馬車は、ほとんどあるのかないのか分からないような屋敷の南門を出て、舗装された道を行っていた。右手にはブナ林が広がり、左手には小川が流れている。

「ねぇ、フィフドさん見て。帽子がずれちゃった」ヒナはおどけた表情で、頭の上で傾いでいる鳥打ち帽を指さした。

それは、帽子を直してという意味なのだろうか?

よくわからないので、ルークはにこりとし、ヒナの帽子を頭のいい位置に戻した。直してもらう時のヒナは、まるで母親に身を預けているときのような信頼しきった顔をしていた。

ダンにもいつもこんな顔を見せているのだろうか?

そこでふと、出掛け間際のダンの言葉を思い出す。

『馬車に酔ってしまうかもしれません。膝を貸してあげて下さい』

あれは昨日来たばかりのクロフト卿の従者の言葉ではない。いくらヒナとクロフト卿が友達だとしても。

ルークにも従者はいるし(ロンドンに置いてきたことが悔やまれる)実家にも使用人は多数いるので、そういう者との関係がどういうものかは理解している。

ダンは間違いなく、ヒナの従者だ。

となると、これは明らかな約束違反。どうしたものか。

ルークはそっと溜息を吐き、膝に抱えたバスケットをのぞくヒナに目を向けた。

報告書にはしばらく手を着けないとエヴァンさんと約束してしまった手前、様子を見るしかない。でも、あまり先延ばしにすると、仕事の出来ない男の判定を下されてしまう。

それは非常にまずい。今の事務所を追い出されたら、行くところなんてないんだから。

これについては、帰ってからまたエヴァンさんと話をしてみることにしよう。

「ブルゥのスコーンがある!」ヒナが興奮気味に言い、ルークにバスケットの中をのぞくようにうながした。

「お昼に焼いたやつだよ。僕もちょっと手伝ったんだ」カイルが得意げに言う。

そう言うだけあって、バスケットの中からはバターと小麦のいい香りが立ち上っている。

「楽しみですね」と返したルークだが、領地を巡るという課題がピクニックのようであっていいのだろうかと、また頭を悩ませた。

馬車は道を進んでいるが、これといって説明もない。ヒナはうきうきと時折足をばたつかせたり、待ちきれないとばかりにバスケットに顔を突っ込んだりしている。

カイルも同じで、純粋にお出掛けを愉しんでいるふしがある。もちろん、ブルーノは別。余計なお喋りはしないし、にこりともしない。粛々と伯爵に命じられた通り、ヒナを目的の場所へ案内しているといった様子。

目的の場所があればだけど、いちおう南側をぐるりと回るらしい、屋敷の南側といえば、かつて採石場があったらしく、大きな岩がゴロゴロしていて、沼地もあって危険な場所のようだ。

きっと僕たちは危険な場所には近づかないだろうけど、あまり行きたくない場所ではある。

ピクニック気分でいる方が、きっと楽しいお出掛けになるだろう。

課題とはいえ、楽しんじゃいけないって事はないのだから。それとも、いけなかったのだろうか?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 304 [ヒナ田舎へ行く]

エヴァンはキャリーの店の片隅で、二人が買い物を終えるのを待っていた。

ダンのことはよく知らないが、経験がないというのはこういうことなのだろうと思う。

スペンサーのあからさまな態度にもまったく気付く様子がない。ことあるごとにスペンサーはダンに顔を寄せているし、身体もべたべた触っているというのに。

いつもそばでヒナと旦那様の様子を見ているはずなのに、スペンサーの言動の意味することに何も気付かないとは、呆れてものも言えない。

まあ、他人の色恋に口出しする気はないが(そういうのは性分ではない)、面白可笑しく見守らせてもらおう。

なにせここは退屈極まりない場所だ。ジェームズ様の御命令でなければ、そして旦那様からの労いの言葉がなければ、まともに引き受けたくなかった仕事だ。あのクロフト卿のお供など冗談じゃない!

「おや?ダン。買い出しですか?」

また男か。

愛想のいい顔で店に入ってきたのは、いくつか荷物を抱えたロシターだ。いまはウォーターズ邸で働いているが、ジェームズ様がクロフト卿のために雇った使用人の一人。午前中に一度会っている。

「こんにちは。そちらも買い出しですか?」ダンはスペンサーそっちのけで、ロシターに歩み寄った。

「ええ、あとでそちらに行きますので、いろいろと。先ほどはどうも」と、最後の言葉はエヴァンに向けて。

エヴァンは軽く会釈し、スペンサーにちらりと視線を向ける。案の定、むっつりとした態度で、ロシターを睨みつけていた。ロシターの評判は、ロス兄弟の上の二人にはすこぶる悪い。

「それで?どうなんですか、バターフィールド氏なる人物は」ロシターは落ち着き払った態度で、ダンに訊ねた。

ダンはぎょっとした顔つきになったが、すぐに表情をやわらげた。スペンサーも事情を知っていることを思い出したのだろう。

「いい人のようです」と呑気なことを言う。

エヴァンは情けなさに頭を振った。確かにルークは悪い人間ではない。いい人で正直だからこそ、ヒナにとって危険なのだ。間違いなく、自分の仕事をやり遂げるだろう。

つまり、旦那様にとっても危険人物だという事。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 305 [ヒナ田舎へ行く]

湿り気を含んだ風を受けながら木々の間を抜けると、民家が一軒見えてきた。

ヘクターじいさんの家だ。

いまは三十五歳になる息子が一人で住んでいる。ギデオンという。

ピクルスは覚えのある家が見えてきたからか、景気よく鼻を鳴らして先を急ぐ。おやつが待っていると知っているから。

ブルーノは少し前から静かになった荷台の様子を伺った。背を向けているカイルは起きているのか眠っているのかわからないが、ヒナは確実に寝ている。まったく姿が見えないことから、ルークの膝を枕にしているようだ。

家の前に着くと、玄関脇の窓からギデオンが顔をのぞかせた。やってきたのがピクルスと見るや、玄関から駆け出してきた。茶色い頭がくしゃくしゃなのは、昼寝でもしていたからだろう。いつものことだ。

「やあ、久しぶりだな」ギデオンのその言葉はピクルスに向けられたもの。

「二ヶ月ぶりか?」ブルーノはピクルスの代わりに答えた。

「こんにちは」カイルが荷台から降りて、陽気に挨拶をする。馬好き同士、気が合うのだ。

「こんにちは、カイル。ピクルスが元気そうでなによりだ。で、あちらさんは?」ギデオンはルークに向かって顎をしゃくった。横になっているヒナには気付いてないらしい。

「うちに滞在中のお客様二人。弁護士のルーク・バターフィールドさんとヒナだ」

「はじめまして、バターフィールドと申します」ルークは座ったまま、ぺこりと頭を下げた。案の定、眼鏡が鼻先までずり落ちた。

「どうも。それで、ヒナってのは?ピクルスの仲間でも連れてきたのか?」冗談か本気か、ギデオンは馬車の後方に目をやった。

「ここで寝ています」と、ルークが自分の膝を指差す。

「何が寝てるって?」ギデオンは荷台をのぞくと、頓狂な声をあげた。「子供じゃないか!」

ネコでも連れてきたと思っていたのか?

「子供といっても、カイルとひとつしか違わない。差し入れを持って来たから、茶でもいれてくれ」ブルーノは御者台から降り、ピクルスの首筋をねぎらうように撫でた。

「ねぇ、ギデオン。僕、いつものアップルティーがいいな」カイルがギデオンの足元にまとわりつく。

「スコーンをたっぷり焼いてきたぞ」というブルーノの声に反応して(というより、スコーンという単語に反応したか?)ヒナが目を覚ました。

ルークはピクニックだと思っていたが、実は南側の最終目的地はヘクターじいさんの家だったのだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 306 [ヒナ田舎へ行く]

せっかくダンと会えたのだからと、ロシターはキャリーの店の隣のティールームに一行を誘った。もちろんただの休憩などではなく、情報交換のためだ。ついでに馬車で待機していたウェインもちゃっかり合流している。

「クロフト卿も人が悪いですね」ロシターはマグにたっぷりと注がれたミルクティに、はちみつをひと匙垂らした。

「そうなんですよ。おかげでヒナはすっかり興奮しちゃって。てっきり会えないと思っていたものだから余計に、ですよ」ダンは答え、一口サイズのジンジャークッキーを口に放り込んだ。

屋敷に戻ればお茶会が待っているが、参加するのはもっぱら高貴な身分の者たちだけだ。

「旦那様もやけに張り切っちゃって。たぶん……その、なんて言いましたっけ?バターフィールドさん?をこちら側に引き込むつもりですよ、あれは」ウェインは気楽に言い、勝手に注文したカスタードパイにフォークをぷすりと突き刺した。

「その買い出しというわけか」とスペンサー。ダンの隣で悠々と茶を啜っている。

「そのパイ美味しそうですね」ロシターがウェインの皿を覗き込む。

「欲しかったら、注文して下さい」取られると思ったのか、ウェインは皿を自分の方に引き寄せた。

「わたしではありません。お坊ちゃまが喜びそうだと思っただけです。これも頂いて帰りましょう」ロシターは席を立って、カウンターに向かった。店員とあれこれ話して戻ってくると、満足げにマグを手にした。「ホールで頂けることになりました」

「じゃあ、俺たちは別のケーキを見繕うか?それとも、チョコレートやなんかにするか?どうする、ダン」スペンサーは必要もないのに、ダンに顔を寄せた。

ダンはこそばゆそうに肩で耳を擦り、そうですねとかなんとか呟く。

「チョコレートなら、取り寄せたものが明日届くことになっています」とロシター。抜かりはないというわけだ。

「そうか。だったらとりあえず、通りの向こうのキャンディショップに行ってみるか。ヒナの好きそうなものが何かあるだろう」スペンサーはそう言うと、ダンのクッキーをひとつ拝借した。客人をもてなすための買い出しが、いつの間にかヒナの為となっていることには誰も気付いていない。

「ええ、そうしましょう」ダンはもっとどうぞと、快く皿を差し出した。「ところで、二人して買い物に来て、旦那様は大丈夫なんですか?」ウェインとロシターに向かって言う。

「わたしは一人でいいと申したのですが」ロシターはすまし顔で、つと、時間を確かめる。「まあ、なにかあればブリッグストンが対処してくれるでしょう」

ウェインはおもしろくないのか、拗ねたように言う。「ロシターが思う存分買い物に集中できるようにってさ」

「わたくしのためではなく、お坊ちゃまのためですよ」ロシターは咎めるような目をウェインに向けた。

「そうそう」とダン。ウェインの不満は充分理解していると言った口調だ。

「まっ!いいけどさ。いちおう、ラドフォード館に連れて行ってもらえるからね」ウェインは得意げに顎を突き出した。

買い出しだけで留守番のロシターの胸に、嫉妬心が芽生えたのは言うまでもないだろう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 307 [ヒナ田舎へ行く]

りんごチップをカップに入れ、紅茶をなみなみと注ぐと、ギデオン特製のアップルティーの出来上がりだ。大柄で太い指の持ち主の割に、なかなか繊細な味わいにいつも驚かされる。

ブルーノにとってギデオンは、いい友人であり兄貴分でもある。

「ぎでおんっていうの?」ヒナはカップにふうふうと息を吹きかけ、立ち上る湯気に顔をしかめた。

「ああ、そうだよ。ヒナはどうしてヒナって言うんだい?」ヒナが猫舌だと知らないギデオンは、どうぞどうぞとカップをすすめる。

「小日向奏っていうから」ヒナはスコーンを手にした。帰ったらお茶会だということを忘れてなきゃいいけどと、ブルーノは心配になった。

「コヒナタカナデ……愛称って奴だな。呼びやすくていいじゃないか」

「ジュスがつけてくれた」ヒナは頬を染めて、気恥ずかしげにうつむいた。

それを見ていたカイルが知ったげに言う。「ジュスって言うのはヒナの大切な人なんだ。大きなお屋敷に住んでいて、クロフト卿とも仲良しなんだって」

カイルの言葉に、パズルのピースがぴたりとはまる。

ここ最近ずっと抱いていた違和感と、ダンをどれだけせっついても明かそうとしなかった秘密とが繋がった。

クロフト卿の友人だというウォーターズ。

ヒナと一緒にバーンズ邸で世話になっているというクロフト卿。

クラブ経営をしているというウォーターズ。

そして、ブルーノの知る限り、公爵家の次男ジャスティン・バーンズもいかがわしい紳士クラブを経営している。あくまで田舎に届く噂なので真偽のほどは不明。けれども、バーンズとウォーターズの共通点は二人が同一人物であることを示している。

つまりヒナの『ジュス』はウォーターズ。

ブルーノは思わず笑い声を漏らした。

こんなことに気付かなかったとは。帰ってダンを問いつめてもいいが、黙って成り行きを見守るのも悪くない。これでこちらはダンの秘密を二つ握ったことになる。

「ブルゥ、どうしたの?」ヒナはクスクスと笑いながら、口をもぐもぐと動かす。

どうも人が笑うとつられてしまう性質のようだが、まったく器用なものだ。食べるか笑うかどちらかにすればいいものを。

「おまえ、ブルゥなんて呼ばれているのか?」ギデオンの声音にはからかうような響きがあった。

「愛称だ」ブルーノはむっつりといい、どうやっても再現できないアップルティーをじっくりと味わった。

ギデオンにもとんでもない愛称がつけばいいのにと思いながら。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 308 [ヒナ田舎へ行く]

ささやかな情報交換がすむと、ダンはスペンサーとキャンディショップに向かった。

そこでミントキャンディとヒナが好きそうな可愛らしい飴細工を手に入れると、店の前でエヴァンが馬車をまわすのを待った。

「俺の方が余所者みたいな気分だ」荷物を抱えるスペンサーはひどく疲れた顔をしている。

「僕だっておんなじですよ」どうしてだろう?みんな同じように旦那様に仕える仲間のはずなのに、すごく違和感があった。ウェインの図々しさでさえ、どことなしかいつもとは違うように思えた。

僕たちと、そのほかの人達。そう、感じた。

「ロシターが偉そうだからじゃないのか?」スペンサーが皮肉交じりに言う。

「そうかもしれません」ダンはくすりと笑った。スペンサーといい、ブルーノといい、どうもロシターのラドフォード館でのうけが悪い。キビキビとしていて、まるでジェームズ様のように気真面目な堅物なのに、何が不満なのだろうと思わなくもない。

「でもまあ、ああやって話が出来たのはよかった。ヒナがどれだけウォーターズに大切にされているのかもわかったことだし。やっぱりあれか?」

やっぱりあれって何!?

ま、まさかっ!ヒナが旦那様の想い人、つまり、恋人だと気付かれてしまった?

「伯爵の孫だってのはおおきいのか?」

スペンサーの何でもない解釈にダンはホッと胸を撫で下ろした。

ヒナを大切にする理由として、伯爵の孫かどうかは関係ないけど、この際そうしておいた方がいい。

「ええ、そうですね。だって、自分が助けた子供が、実はラドフォード伯爵の孫だったなんて、そうそうあることではないですからね。恩を売ることが出来たでしょうし、となると伯爵が旦那様の後ろ盾にもなってくれるでしょうし(そんなことはありえないけど)」

「公爵家の息子が伯爵の後ろ盾なんか必要とするか?」スペンサーは羨ましくなるような青い目を細めた。

もっともな疑問。「いろいろ訳ありなんですよ」と有耶無耶にする。

旦那様はクラブ経営のせいで勘当同然で、兄のウェントワース侯爵とも不仲だ。グレゴリー様とはヒナのおかげでほんの少し歩み寄りはあったみたいだけど、それも本当にごくわずかでしかない。

「ふーん」と、妙に納得したようなのはやはり旦那様の噂がここまで届いていることを意味するのだろう。

「ヒナの事、うっかり口を滑らせないでくださいね」こうやって誤魔化しながら、ダンは秘密をブルーノとも共有できたらいいのにと、密かに思っていた。

でも、いまは喧嘩中。

共有どころか、口だってきかない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 309 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナは人見知りをするのだろうか。

ふとそんな疑問がルークの頭をよぎった。

ヒナの父親と同じくらいの歳のギデオン。見た目はちょっとこわもてで、でも笑うと目尻にくしゃりと皺が寄って、途端に虫一匹殺せないような優しそうな表情に変わる。意外でもなんでもなく、単純にいい人なのだと思う。

知り合って、まだ十五分ほどだろうか?すっかりヒナは甘えちゃって、まるで前からの知り合いみたいだ。そばで話を聞いている限り、初対面なのはほぼ間違いないのだけど。

でもまあ、僕に対してもそうだ。フィフドさん、なんて妙な愛称をつけてくれたりして。

ルークはおかしくなってふふっと笑った。

みんなはルークって呼ぶのに、なぜかヒナとカイルだけフィフドさんのまま。でも、愛称で呼ばれるのって、そう悪いものではない。

「フィフドさん、どうしたの?思い出し笑い?」そう訊ねたヒナは、まだカップをふうふうやっている。

随分、難しい言葉を知っているものだと思ってしまうのは偏見だろうか?

「うん?これ、すごく美味しいなと思って」ルークはカップを軽く持ち上げ、ギデオンに称賛の笑みを向けた。家で飲むお茶も美味しいし、ダンのココアやブルーノのコーヒーもいいけど、このアップルティーは面白くていい。とても好きだ。

「まっ。飲みたきゃここに来るしかないけどな」ギデオンは得意げにニヤリと笑った。何か秘密があるようだ。

「じゃあ、あしたもくる!ウォーターさんもいっしょに」まだ飲んでもいないヒナが言う。

ギデオンは本当にそうして欲しそうに、笑いながらヒナの頭をくしゃりとやった。せっかく綺麗にまとまっていた髪が、頭頂部だけ鳥の巣のように乱れた。

ヒナは気にする様子もなく、やっとカップに口をつけた。ちろりと舌先を出して温度を確かめると、ぶるるっと身体を震わせて、カップを置いた。

まだ?

「だったらウェインさんもいっしょに連れてこようよ」カイルも頭をくしゃくしゃにして欲しいのか、ギデオンに擦り寄る。小さなテーブルを囲んで、ギデオンはモテモテだ。

「おいおい。都会もんはこんな狭苦しいところに来たがらないだろうよ」ギデオンは豪快に笑って、席を立った。戸棚を探って、紙の束を取り出すと、ブルーノにひょいと投げてよこした。

「伯爵への嘆願書だ。村の年寄りどもは、水車小屋の修繕と馬車道の拡張が最優先事項だと言っているぞ」

村?この辺には、集落なんて見当たらなかったけど。

ルークの疑問を察したのか、ブルーノが言葉を足した。「この先を下ると、村があるんだ。ギデオンはヘクターじいさんの跡を継いで村長をやってる」

「ぎでおん村長?」ヒナは感心したように目を見開いた。

へぇ。こんな若いのに村長。だからヒナを連れてここに来たのか。「伯爵に嘆願して、すぐに動いてくれるんですか?」どうにも気になって訊ねる。伯爵はケチだと聞いているけど、実際はどうなのだろうと。

「だったら、俺の苦労も減るんだがな。どうにかしてくれよ、伯爵の代理人さんよぉ」ギデオンは泣き言を言って、戸棚をぴしゃりと閉めた。

つづく


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